作画てきとーばなし

2017年03月23日

作るんなら、ちゃんとやって欲しいのは理解できる。「真偽が微妙なパート」ならまだしも、「明白に違うパート(他人のパート)」が入ってて呆れるのは分かる(というか困る)。それは、意図に関せず、デマと同じだからね。かといって、ボウル産の、パート合ってる率100%のワンオクMAD見たいかと言ったら、そうじゃねえんだなあ俺は。愛情が詰まってたら、いいとおもうよ。ただ、厳密になりすぎてて、「真偽が微妙なパート」まで入れられないのは、ちょっとアカンやろなと。そこは、なんだ、愛嬌なのよ。ああ、情熱をもって、記事にしたり、MADにしたりしたけど、間違いがあった。それは仕方ない。その間違いは、指摘した方がいいよね。訂正はできるから。

2016年05月28日

今の作画のタイミングは、大張作画と田中作画で全部説明できるとおもう。

現行のアニメに対して、田中宏紀の影響が大きいのは言うまでもない。この点については多くの人が認識しているが、大張作画の影響は軽んじられている。大張作画は「大張パンチ」しかり、極端なタメツメによって、画面への寄りと引きを繰り返す。これが基軸。画面への寄り引きのギャップによって、迫力ある画面になっている。

以上から、大張作画のタイミングはカメラ的といえ、言い換えればカメラのタイミングである

カメラに対してのタイミング(大張作画)・・・①

その一方で、間接の柔らかさ、髪のリアクションを通して、キャラクターの動きを描いたのが田中宏紀。「ストパン」における、中割りを排除することによって、小気味いいタイミングを生み出した。そのタイミングは、金田系ほど極端ではない。金田系における「金田ポース」は、田中のやわらかい間接表現へと昇華された、とおもっている。

以上から、田中作画のタイミングは芝居的といえる。これも同様に換言すれば、芝居のタイミングである。

芝居のタイミング(田中作画)・・・②


①、②のタイミングは、現行のアニメーターに多大な影響を与えた。無意識ながら、デフォルトになったタイミングを眺め見た結果、大張・田中作画のタイミングが普及したと思われる。もちろん、彼らの作画では説明できないタイミングもあるが、大多数はこのタイミングだ。