着後などのわかりやすい用語は、人々が想像しやすく、気軽に伝えやすい。その反面、きちんとその用語の持つ意味を反映しているかどうかを疑問に思うことが多い。たとえば、「いじめ」という言葉は、多人数で一人を虐げる構図がさっくりと思い浮かぶ。「児童暴行・恐喝・脅迫」とすると、途端にイメージがしにくいが、その事象を的確に表現することができる。

普段使いの用語は否定したいわけではない。パワハラ、ブラック企業などの用語は、その直感的・感覚的な語感でなければ、ここまでその存在を世の中に浸透しえなかったからだ。ただ、ブラック企業という用語は、皮肉にも、それと同時に、違法労働会社の印象をカジュアルにしてしまったと思う。「うちの会社ブラックでさ~」「社畜だよ~ほんとに」といったよく聞く文章と、「うちの会社、過労死会社でさ~」「過労死会社勤務だよ~ほんとに」という文章から抱くイメージは180度異なるのではないか。

一言でいえば、ブラック企業というワードは、違法労働会社の存在をカジュアルにしてしまった。ただ、これは難しい問題である。直感性を捨ててしまえば、その事象そのものは、浸透しにくくなる。痴呆症という用語が問題になった際に、認知症と置き換えた人は素晴らしい。わかりやすく、それでいて的確だ。