なんか宗教っぽいけどゆるせ

お金、健康、精神、楽しみ、快適とかに分けて、プラマイで考えて総合判断する。さいきん、こういう考え方でわりとうまくいっている。話題の仮想通貨は、お金儲かるかもしれんけど不安定、常にチャートが気になって精神はつらそう、いざという時の保険がない、楽しそうじゃない。だから、マイナスが自分には多いから、やらない。

なにか便利なものを買うときも、なるべく安く探しても、お金は減る。でも、それに見合った快適さは得られる。生活が便利になると楽しくなる。じゃあ、プラスの方が多いから買った方がいいなと。ダメでも少額で済む。総合的にリスクを見ると、幸せはお金じゃないっていう意味が分かる。もちろん、お金は大事だよ。それは当然、あるに越したことはない。ただ、最初の定義付けが大事であって、「自分にとって何が幸せなのか」という点に重点を置く必要があると思うのね。そこから、ああこれだけお金が必要だとか、社会人大学に行ってみようかとか、こういった資格の勉強しようかとか、そういう判断ができ始める。人生については、ボトムアップで考えたら、なんかダメな気がする。なんもわからず、まあとりあえず金持ちなるってやっても、モチベ続かんのよ。具体的じゃないから。

そう考えていくと、継続的にもらえるサラリーっていうのは価値が高い。あとは食い扶持に困らない資格/専門職とか、そういう「継続的なもの」はすごく価値が高いとおもう。だから、固定資産っていうのは、価値があるのね。くそほど当たり前のこと言ってるけど。税理士事務所で勤めてたときは、相続税の相談で、目ン玉飛び出るほどのお金の計算してた。最初20億のモノから、7億ぐらい税金かかるんだから、最初はいいなー裏山と思ってたんだけど、相談者の顔が暗くなっていくのよ。それ見て、あこの人は7億も税金かかると思ってなかったんだ、皮算用してたんだって分かった。


たとえば、なんかで2億もらいました。ってなったら、確実に幸せか、というと微妙。いや、たぶんおおかた幸せなんだろうけどさ。お金のために防犯意識は増える、思ったほど買うモノがない。それに伴って、精神的な負荷は増える。将来への不安はなくなるかもしれないけれど、どうなんだろう、プラマイゼロ/ちょいプラくらいなんじゃねみたいな。生活水準はいったん上がると大変だし、老後までお金が残る保証もない。ぼくにとって、不安というのは際限がないバケモノだから。お金をたくさん得ても確実に幸せにはなれない。不確実な部分が多すぎて、どうにも不安だなとおもう。

幸せになる可能性/確実性を最大限高めることが重要であって、お金は要素にしかすぎない。身も心も削って、すげえ金持ちになりました。だけど、ストレスで常にどこかが苦しい。常にだれかに怒っている。金を稼いでも稼いでも、どこか楽しい気持ちがない。それは幸せなのかと。ぼくはやっぱり、サザエさんの、ぱちんこで少し勝ってタバコをルンルンともって帰るマスオさんの話が好きなんよなあ。