寄生獣では、なぜメガネシンイチとなったかを記事にしたけど、ああいうことだと思うんだよ。つまり、その当時を反映した、もしくは昔の作品を現代にリファインするときに、どのようにすれば本質・根幹は失われずに描写できるか。そのためには、なぜこのようなデザイン、脚本になったかを読み解く方がよっぽど有意義だね。
僕は寄生獣が大好きだけれど、映像化は困難だと思っていた。メガネシンイチは正直戸惑ったが、それよりもメガネという要素が足された、という事実の原因はどこにあるか、それが映像化の困難さの言語化になると思ったよ。
原作との差異もここで分析して、より良い叩き台とすればよい。むしろ、そういった評論しかできないよ。感情論で、さいきょうのあにめになってない!ってやっても何の意味もない。生産性もない。愚痴はSkypeかなんかでやっといてくれ。
私の思ったとおりにならない!なんて駄々っ子オタクだから、前進しないのよ。前進しないから、マングローブは潰れたんでしょ。これからも繰り返していくだけだよ。