千了+1=Q

日々の徒然、雑多なテーマに対し雑に述べる→本館はGOMISTATION

2017年10月

本館の方を読んでくれる人の多くは、やはりコアな方だと思う。ライト向けに書いているが、やはり理解/言語化が難しいということで、ライトファンまでは届かない場合がほとんどだ。しかし、コアなアニメファン以外にも、ある読者層がもしかしたら親和性が高いかもしれないことに気付いた。

それは、腐女子/BL好きの存在である。以前の記憶を探ってみると、ワイヤー記事のときも、ルルーシュを使ったギャグに反応してもらっており、嬉しかった記憶がある。彼らがなぜ印象に残っているかというと、「自分が気付いてくれたら嬉しい場所」に突っ込んでくれるからである。BLはあまり読んだことがないが、繊細な感情/情愛に対する感性が重要なジャンルであることに間違いはなく、その感性がエフェクト作画にも払われているのかもしれない。

意外すぎて、最初は驚いたが、そもそもアニメファンであれば、誰でも楽しめるものだ。映像の動き方や、キレイさの分析については、もしかすると女性のほうが優れているかもしれない。

さて、衆院選は終わった。自公は過半数のみならず、2/3まで獲得してしまう、大勝であった。これは、消費税引き上げを公約に掲げ、森友・加計問題を起こした、自民党を「信任」するという情けない選挙だ。ただ、国民が愚かであったから故に、この大勝が生じたとは思わない。大きな原因は、選挙制度にある。

もはや、小選挙区制は民主主義とは呼べない。小選挙区制では、当選者が各ブロックで1名しか出ないので、2番手以降に対して入れられた票は死んでしまう。いわゆる、死票である。死票は、全投票の50%を超える。そもそも、選挙のたびに野党が共闘しなければいけない状況が存在していること自体、おかしいのだ。二大政党制が滅んでいる現状において、小選挙区制は、本来の役割である、政権交代のしやすさを果たすことはできないばかりか、一党独裁を助長してしまう。

そういったことが、今回の選挙では、ありありと分かったのではないだろうか。だからといって、昔の中選挙区制に戻せとは思わない。これはこれで、同士討ちなどの問題があるからだ。全国区として、比例選挙を行う方がまだ民意を反映できるだろう。とにかく、選挙制度の改革は必須だ。

まあ、すごく簡単に言ってしまえば、無党派層の取り込みに成功した。民進が解党した時点、前原が希望への合流も已む無し、と発表したときに、無党派層はいったんは希望へと動いたはず。ただ、ここにおいて、希望と民進に票を入れることは、消極的な投票である。自民打倒を共通目標として掲げていたのだから、「仕方なく」という感じだったと思う。

そして、小池の選抜が始まってしまった。おそらく、民進と希望の大多数が、何をしているんだと思っただろうな。小池は総理になりたかったはずだけれど、致命的に頭が足りなかった。良かったのは、ここで小競り合いを起こしたこと。小競り合いによって、ただでさえ消極的な投票は、疑惑的なものへと変わった。さて、野党のイメージはどん底に陥った。

ここで立民を弁舌の上手い枝野が作った。枝野の演説はすごいというか、まさしく今求められていることを的確にやるという感じ。前原や希望の「思想なんてどうだっていいだろう」という言い方は、「排除」と同じく、印象は良くない。ここで枝野は、「右左で争っている場合ではない」と言って、さらに「ボトムアップから」「前進する」と、シンプルに言いのけた。単純で分かりやすかったのは大きいだろう。

それからはお祭り騒ぎである。連日の報道を見ても分かる通り、枝野と立民に対する期待は大きい。前原と小池という不信感の塊が存在していたおかげで、相対的に、立民のイメージは素晴らしいものになった。前者の存在がなければ、ここまで伸びてはいないだろう。時間がなかったために、今回は自民打倒や政権交代ということにはならないだろうが、それがまた良い。不信感を抱きつつ、消極的な投票になりえた今回の選挙が、立民の台頭によって、積極的な投票へと繋がった。しかも、その場しのぎの政権交代ではない。これが分岐点になると僕は考える。

何度も言うが、枝野の弁舌は素晴らしい。政権批判をすることが少なく、自分たちが何をやろうとしているかを明確に示した。ということは、国会においても、それが発揮されることは疑う余地がない。「旧・民主体勢のイメージをどう消すか」というのが、一番の悩みであったろうと思うが、今回でそれが成功した。少なくとも、無党派層に政局を意識させるぐらいには、効果があった。これからは、国民次第だろう。

期日前で行ってきました。とにもかくにも、二大政党制へ戻ってくれることを願う。

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