2016年07月

2016年07月17日

最近、日本語不自由すぎへんかっていう人をよく見る。斜に構えてない分、それだけで十二分にマシだけど。「自分の脳内を相手が汲み取ってくれる」と思いすぎやで流石に。某アニメ雑誌編集もTwitterではそうじゃん(リアルでもその気はありそうだけど)。

自分の思っていることを上手く伝えられない人って、友達いなかったのかなあと思う。社会性の第一歩って必ず、学校であり、その中での人間関係だから。誰を対象にするか、という点でも話し方とか、言葉の使い方って変わってくるでしょ。

というか、そもそも伝える気がない人が多い気がする。自分の脳内にある言葉をそのまま出しちゃっている感じ。他人に伝えるために、自分の脳内にある文章を変換していない(すなわち、相手の事を思いやらず、自分の言葉を押し付けている)。そのせいか、言葉の省略が多すぎるなあと思う。十年来の仲なら、省略してもいいと思うんだけど、ネットで初対面とか付き合ってさほど日も浅い内に省略し出すのだけは、相手にとって意味不明になるので、ぜひとも改善して欲しい。

学生時代、僕は国語が苦手だった(接続詞から学び直したレベル)ので、相手に「文字のみ」で自分の思っていることを正確に伝えるのは、相当に難しいことだと認識している。それゆえ、自分の文章が伝わっているかどうかはスゴく気になる。気になる故に、返信は遅くなる。いや、速いに越したことはないんだけど、自分はビビリなのでそういうことも含めて遅くなっちゃう。

コミュ障の定義とはとても簡単で、他人に対して自分の気持ちを正確に「伝える気がない」人。大げさに言えば、学生時代は自分の気持ちを(なるべく正しく、時には建前で隠して)伝えないと生き残れなかったから、伝えようとすることの重要性は痛いほどわかっている。だから、 伝える気がない人は、そもそもその重要性が分かっていないのではないかなと思う。そうやって考えていくと、ああ友達いなかったのかなあと思ってしまう。