千了+1=Q

日々の徒然、雑多なテーマに対し雑に述べる→本館はGOMISTATION

まあ傷ついたりすることもあるけれども、どういうコメントでもあると嬉しい。しかし、自分が好きなブログに、「ああ言及したい」となった次第に、コメントするのが大変に難しいことに気付いた。なんでも書いていいよ、と普段から述べている人間としては、悩むべきではないのだろうけど。まあ、その距離感みたいなものが大切であるのだ。 

距離が離れているからこそ、お互いを(損得抜きで)批評できるのであって、近づいてしまうと、正常な判断はできないのではないか。そういった思いがある。じっさい、ぼくは近くの人を批判できない。説教みたいな真似ができる身分ではないし、そういった身分にあったとしてもしたくないし、まあそういう人間なのだ。面白いものは面白いといえるが、それがほんとうに正しいかどうかは今は判断しかねる。

という言い訳で、他人のブログへコメントできなかったというクダラナイ事実を述べておこうと思う。ああ、これは確かにみんながためらうのも分かる。述べにくいね。 

名前しか覚えられない馬鹿ばっかだと思ってた(まあ名前語りマンが存在するのは事実だが)けど、それは一部分しか見てなかったなあと真面目に思う。熱意がありふれていて、少なくともツイッターやはてなにあふれる、斜に構えたクズどもとは違っていて、誠実な気がする。まあ一方で、少し傲慢な部分もあるとは思うけど、それは今まで経験したこと(すなわち、無知なアニメファンによる良い作画への中傷、作画への理解のされなさ)がそうさせているのであって、まあそれは仕方ないかなとおもう。あと、名前やスタジオ名をもってして系統的にやることと、作画それ自体を追求したいことに優劣の差はない。嗜好の差でしかない。

ただ、さいきん思ったのは、理屈でぜんぶやるのは無理ってことやね。自分で書いてても整合性取るのきついし、まあある程度はざっくばらんに、「脇が甘い」記事でも書いていこうと思う。たかがブログだし。フリフラ記事はまったくの手抜きなんだけど、あれめっちゃ受けてるやん。てことは、もうそんなに肩肘張って読むような記事は年1レベルでいいんじゃないのかな。くそ適当に書いていこうと思う。 

高校生や大学生にもちょいちょい受けてて嬉しい。いや、そのおねえさんおにいさんたちに人気なのも当然嬉しいよ。ただ、自分が目指しているのは、わかりやすさ100%ジュースだから、そういう意味で、若い人たちにも受けてるのが嬉しい。こういった感情を大事にしていこうや。けもフレがどうのこうので、いちいちイライラしてたら時間もったいねえなあと思った。自分もどっかのミームを使ってるんだし。

作画崩壊というワードを使う人を減らしたいのと、誤った認識についての是正については理解できてきた。まあ気持ちは分かる。でも、言ってわかるやつなら、最初から「作画崩壊」とかいうワードは使わないんすよ。で、そんな奴に付き合って、そいつの思考を変えようなんてのは損だとおもうよ。

それよりは、まだ汚染されてない人達を啓蒙した方がいいと思う。これは本気だし、嘘偽りない。

一つのインターネットミームと他のミームが合わさった状態、すなわちぐっちゃぐちゃな状態がネットの醍醐味の一つだと思うから、それならおれはけもフレのミームを許容するよ。でも、そうじゃないんじゃん。自分らが楽しくないと気がすまない人が多いから、けっきょくよそのミームが入ってきたらキレるでしょ。
 

いちばん最初に僕らが安心して、それから嫌ったものじゃなかった?みんなと一緒っていう同調圧力に最初は安心したけど、少し成長するとそれが良くない、おもしろくないものだと分かってたんじゃないの。ふだんは、同調圧力に反対するのに、なんでアニメになると賛成すんの?

どういう評価なんだろう?ぼくは前者しか見てないけど、まあまあ面白かった。鉄血はなんか自分の性に合わなそうでという感じで見てない。

他人と比べなくていいんだよ。よそのブログと比べなくてイイ、なんであんな奴の記事が受けてなんておもわなくて良いんだ。もう良いんだ。そういう世界から、いい加減に解き放たれよう。メイドラ記事は残念だった、長すぎて良くなかった、むしろ大勢に受けなくて良かった、悪いところが見つかった。そう思うようにしよう。

たのむ

・枠延長しなくていい(無限) 
・ログインしなくてもコメント打てる
・人が多い(切望) 
・配信始めると、通知がスマホやPCに届く


あーニコ生改善してくれたら、一生使うのに。 

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