千了=1(別館)

日々の徒然、雑多なテーマに対し雑に述べる→本館はGOMISTATION

ろばを売りに行く親子

原義(まあ寓話ですから教訓か)は、主体性なく他人の意見ばかりを鵜呑みにしていると、けっきょく台無しになってしまう。だから、自分で考えて行動しましょうね。というもの。それから転じて、全ての人を満足させることはできない、という意味にも変化していて、イラストが有名になった。

まあこの意味変化は、とうぜんのことと思うんですよ。情報が格段に増えてしまい、その処理だけでも大変であるはずなのに、一つの発言で、その人が決められてしまう感じがある。ピリピリしすぎ。

よさげじゃね。別館移動しようかなあ。画像気軽に貼れたらいいけど。

多忙であったが、ようやく暇ができそうだ。お盆とは特に関係がないけれど。お盆は、実家にはたぶん帰らん。コミケも行かない、というか、行ったことがない。

そういう点で言えば、共有知、集合知というものは非常に重要だ。以前の配信において、自ブログにおける福島喜晴さんのリストは盗まれたのでは?とコメントがあったが、それは違う。作画wikiにおいてリストを作った人と、僕の目的はおそらく同じであった。

「誰かが活用してくれたら良い」と思っただけなのだ。正直に言うと、福島喜晴作画というものを追いかける気力など無かった。でも、気になってしまった。だから、簡易的なリストを作って、「福島喜晴さんに興味はあるけれど、作品などが分からず困っている人」がいれば、その人に活用してもらいたかっただけなのだ。ただの放りっぱなしじゃないかと言われても仕方がないが。

そもそも、中身からして、情報量に差があった。所有しているのはいいけれど、持っていても、仕方がない。それならば、所有する全てを開陳して、誰かに活用してもらおう。そう思ったのではないかと感じる。誰かが有効に活用し、福島喜晴作画について紐解けたら素晴らしいこと以外の何事でもない。こういうわけで、共有知・集合知は非常に重要なものという認識である。知識を独占することに、メリットはあまり、もうない。

アニメに限らず、いろんな物事について、知識は切っても切れない存在だ。この事は僕らの人生において、当たり前のことである。持てば持つほど幸福とは限らないけれど、自分の悩みや疑問を解決する、手助けにはなり得る。ただし、決して、知識で人を殴ってはいけない。人を殴るために、知識が存在しているわけではない。「知識で人を殴る」という事から、そろそろ開放されるべきではないか、とずっと思っている。知識で人を殴っても、それは一時的に気持ちが晴れるだけで、有意義ではない。知識がより洗練されたものになるわけでも、別の知識とくっつくわけでもない。

目の前の箱で、多くの知識は得られる。とうぜん、目の前の箱では得られない知識、たとえば、実際の体験、経験でしか得られないものはある。何かの小説を読んで、初めて気付く感覚もある。そういったものは大事だ。知識じたいの重要性を否定する気はまったくない。

自分はまだまだよく分かっていないことだらけだ。密着マルチもよく分かっていなかったし、ごくごく基本的なbookやセルの区別が、実は上手くいっていなかった。フリッカーも違う意味で捉えていたし、ディレイについても最近知った。広角や望遠も、なんとなく分かってきた感じだ。疑問があって、解消したければ、一つ一つ、地道に解決していくしかないのだ。



知識を増やすまいと、2年位までは思っていたけれど、それも限界に達したので、最近はなるべく知識を入れ始めている。そして、やはり、理解できると楽しい。だから、少しずつでも、理解や知識は多くの人の間で共有できた方が楽しくないか、と僕は思う。

カメラに詳しい人、撮影に詳しい人、演出に詳しい人、クラシックなアニメに詳しい人、いろんな人がいて、成り立っている。ネットも世の中と同じである。人々の興味はそれぞれ違うところにあり、深くまで知っている領域もあれば、少ししか知らない領域もある。それが、当たり前である。全て知っている完璧な人などはこの世にはいない。他の領域の人から見ると、同じアニメでも、まったく違う見え方になる。それが、面白いところだろうと考える。

最近はあまりにも閉塞感たっぷりである。

これを解消すべく、いざ兄貴にアニメ事情を伺った。知らない人に説明すると、うちの兄貴はガノタであり、生粋の富野ファンである。AGEからオルフェンズまで、きちんと見てから評価するその姿勢は素晴らしいこと、この上ない。ちなみに、オルフェンズは最初の方は良いらしい。あとは、KANONやAIRも見ている守備範囲の広さ、型月も好きだな。特によく話すのは、空の境界。なにやらスゴイらしい。多忙の中、これだけアニメを見ているのだから脱帽だ。

学生時代、そうとうにアニメを見ている人を内心バカにしていた。なーにが、化物語じゃい、supercellじゃい、けいおんじゃいと、呆れて見ていた。まあ、正直にいって見下していた。オカタイ家庭特有のクレヨンしんちゃん戒厳令であったので、見れたものは、「ジブリ」「ディズニー」「ドラえもん」の3つぐらいだった(あとは未来少年コナンとか)。他の子どもがポケモンやクレしん見る中で、「おしゃれキャット」とか、そういったものしか見せてもらえなかった。いや、面白いんだけどね。

俺だって、そりゃあ、「ぬ~べ~」とか「クレしん」とか見たかった。遠足で、友達がしんちゃんのビニールシートを楽しそうに敷く様を見ると、心底羨ましかった。親の居ない間に、当時ハマっていた「テニスの王子様」を見ようとすると罪悪感でいっぱいになった。こりゃ見ちゃいけないやつだ、という思いが非常に強く出てきてしまった。つまるところ、刺激に弱く、より強く抑圧していた。

予告を見て満足していて一年、ようやく見れた。

序盤、二人が異変に気付いて、お互いの関係が変化する辺りは楽しかったしうまく出来ていた。とくに、斜光はキレイ。美術館デートぐらいまでは見入ってた。

夢を見とるじゃろ〜あたりからは、ちょっとなんかなあ。祖母がミツハではないと見破っていながらも、なぜかタキの警告を信用しない。町長とミツハの険悪な関係は、活かされなかった。タキくんが入ったミツハをまったく信用しない町長を描いたので、流石に親子の衝突を描くと思ったんだけど無かった。なんで険悪だったんだろうな。

オチは良かった。あそこで縦パンしてタイトル出すのは上手い。あと、手に、すきだと書いてたのも良かった、やられた。

カタルシスがないと、タキくんの気持ちには感情移入しにくい。なんか寸止めされている感じだった。

難しいテーマに挑んでいるとは思った。3年間のズレと都会と田舎のズレ、この2つの差を埋めて演出するのは大変だと思う。いかんせん、トランジションの少なさが、どうにもシーンごとのシームレスさをなくしているような気がした。



文句ばっかでアレだな最近、ネガティヴなのかな。良いところを見つけるようにしたい。

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