千了=1(別館)

日々の徒然、雑多なテーマに対し雑に述べる→本館はGOMISTATION

に挑んでみたが、やはり難しい。とっ散らかっているな。文章は抽象/具体の2つしかなく、あとはそのバランスだと思っている。「現実の曖昧さ」という抽象論は、自分の思考を、とくに分かりやすくすることなく、ある程度整理して提出しただけだ。これは抽象論というより、メモ書きだろう。いや、別館はそういったことに挑戦する場だから、構わないのだけれど。

勘違いしてほしくないのは、ぼくが東などのエセ論評に憧れてはいないということだ。彼らの言説は、いかにも、もっともらしい文章を、いたずらな抽象論でごまかし、社会学と結びつけた”ように”みせているだけだからだ。どうして、彼らに憧れるようなブロガーが後を絶たないのだろうね。あれは、”賢く”みせているだけなのに。

ぼくらにとって、ダウンタウンとは「テレビの存在」であったはずだ。いかに現実で撮影が行われているとはいえ、彼らのコントを見るのはブラウン管の中であった。ネットが普及するにつれ、ロケが終わると、SNSで芸人が発信し宣伝する。Amazonビデオでは、松本人志が企画した「ドキュメンタル」が、まるで、以前のテレビと同じように流れている。

ネットのような空間と現実世界の境界線は薄くなりつつある。これは以前から言われてきたことなので、もの珍しい言論ではないだろう。ただ、ぼくが思うのは、その曖昧さを生み出しているのは、SNSでもなく、ダウンタウンでもない。ぼくら一般人なのだ、ということである。この前の衆院選で、それは顕著に現れた。立憲民主党はテレビやネットを「使った」のではない。「使わせた」のである。枝野幸男を見て、おのおのが自主的に動画を撮り、SNSで発信して盛り上がった。一般人が現実をネットに発信することにより、ブラウン管の中の人間との距離が近くなった。

従来のテレビの構造においては、盛り上げたいと思う「主催者側」が率先して宣伝活動を行ってきた。それに対し、最近では主催者側よりも、一般の観衆が、ー何か言われたわけでもなくー、積極的に宣伝のような行為をしている。その結果として、ネットと現実の境界線は曖昧になりつつある。一般論としては、主催者側/企画者が「ネットに近づいた」ために、その曖昧さが生まれたような言説が見られるが、そうではない。ぼくら一般人が、現実の出来事をネットに発信しすることによって、今の曖昧さが生まれている。すなわち、主催者が意図せずとも、現実を発信するのにネットを使ったことで、現実はより曖昧になっている、と思うのだ。

本館の方を読んでくれる人の多くは、やはりコアな方だと思う。ライト向けに書いているが、やはり理解/言語化が難しいということで、ライトファンまでは届かない場合がほとんどだ。しかし、コアなアニメファン以外にも、ある読者層がもしかしたら親和性が高いかもしれないことに気付いた。

それは、腐女子/BL好きの存在である。以前の記憶を探ってみると、ワイヤー記事のときも、ルルーシュを使ったギャグに反応してもらっており、嬉しかった記憶がある。彼らがなぜ印象に残っているかというと、「自分が気付いてくれたら嬉しい場所」に突っ込んでくれるからである。BLはあまり読んだことがないが、繊細な感情/情愛に対する感性が重要なジャンルであることに間違いはなく、その感性がエフェクト作画にも払われているのかもしれない。

意外すぎて、最初は驚いたが、そもそもアニメファンであれば、誰でも楽しめるものだ。映像の動き方や、キレイさの分析については、もしかすると女性のほうが優れているかもしれない。

さて、衆院選は終わった。自公は過半数のみならず、2/3まで獲得してしまう、大勝であった。これは、消費税引き上げを公約に掲げ、森友・加計問題を起こした、自民党を「信任」するという情けない選挙だ。ただ、国民が愚かであったから故に、この大勝が生じたとは思わない。大きな原因は、選挙制度にある。

もはや、小選挙区制は民主主義とは呼べない。小選挙区制では、当選者が各ブロックで1名しか出ないので、2番手以降に対して入れられた票は死んでしまう。いわゆる、死票である。死票は、全投票の50%を超える。そもそも、選挙のたびに野党が共闘しなければいけない状況が存在していること自体、おかしいのだ。二大政党制が滅んでいる現状において、小選挙区制は、本来の役割である、政権交代のしやすさを果たすことはできないばかりか、一党独裁を助長してしまう。

そういったことが、今回の選挙では、ありありと分かったのではないだろうか。だからといって、昔の中選挙区制に戻せとは思わない。これはこれで、同士討ちなどの問題があるからだ。全国区として、比例選挙を行う方がまだ民意を反映できるだろう。とにかく、選挙制度の改革は必須だ。

まあ、すごく簡単に言ってしまえば、無党派層の取り込みに成功した。民進が解党した時点、前原が希望への合流も已む無し、と発表したときに、無党派層はいったんは希望へと動いたはず。ただ、ここにおいて、希望と民進に票を入れることは、消極的な投票である。自民打倒を共通目標として掲げていたのだから、「仕方なく」という感じだったと思う。

そして、小池の選抜が始まってしまった。おそらく、民進と希望の大多数が、何をしているんだと思っただろうな。小池は総理になりたかったはずだけれど、致命的に頭が足りなかった。良かったのは、ここで小競り合いを起こしたこと。小競り合いによって、ただでさえ消極的な投票は、疑惑的なものへと変わった。さて、野党のイメージはどん底に陥った。

ここで立民を弁舌の上手い枝野が作った。枝野の演説はすごいというか、まさしく今求められていることを的確にやるという感じ。前原や希望の「思想なんてどうだっていいだろう」という言い方は、「排除」と同じく、印象は良くない。ここで枝野は、「右左で争っている場合ではない」と言って、さらに「ボトムアップから」「前進する」と、シンプルに言いのけた。単純で分かりやすかったのは大きいだろう。

それからはお祭り騒ぎである。連日の報道を見ても分かる通り、枝野と立民に対する期待は大きい。前原と小池という不信感の塊が存在していたおかげで、相対的に、立民のイメージは素晴らしいものになった。前者の存在がなければ、ここまで伸びてはいないだろう。時間がなかったために、今回は自民打倒や政権交代ということにはならないだろうが、それがまた良い。不信感を抱きつつ、消極的な投票になりえた今回の選挙が、立民の台頭によって、積極的な投票へと繋がった。しかも、その場しのぎの政権交代ではない。これが分岐点になると僕は考える。

何度も言うが、枝野の弁舌は素晴らしい。政権批判をすることが少なく、自分たちが何をやろうとしているかを明確に示した。ということは、国会においても、それが発揮されることは疑う余地がない。「旧・民主体勢のイメージをどう消すか」というのが、一番の悩みであったろうと思うが、今回でそれが成功した。少なくとも、無党派層に政局を意識させるぐらいには、効果があった。これからは、国民次第だろう。

期日前で行ってきました。とにもかくにも、二大政党制へ戻ってくれることを願う。

結論から言うと、若手育成のために犠牲になった。おそらく、村田に提案された案は、「シーズンを通しての代打起用」であって、村田は拒否した。結果的に、戦力外にされたと見るのが普通だろう。サードをマギーが守り、ファーストに阿部+育成したい若手(おそらく岡本)を使い、セカンドに吉川尚を使いたい。この構想が既に編成トップにあったのではないか。

「新化」「一新」などと体が良いスローガンを並べてみたはいいが、スタメンはこの2、3年であまり変化していない。阿部坂本村田長野、この4人が基本的な軸だった。やっとこさ、育成をしようと重い腰を上げたんだろう。そう考えていくと、スタメン確約は、陽岱鋼、坂本、マギーの3名のみ。来季の他のポジションは、本当に競争させて選ぶだろう。そうであって欲しい。

まずファーストは、阿部を使う。ただ、もはや野球選手として動けているのが奇跡なくらい、身体の故障は激しい。半分は代打出場になりそうだ。ここにおそらく岡本を持ってくる。ゆくゆくはサードで、と思っているだろうけれど、守備はまだまだだろう。セカンドには、急造のマギーが座っていたが、来季は吉川尚を起用する可能性が高い。キャッチャーは宇佐見と小林の一騎打ちだろう、現時点では、宇佐見を支持したい。打てる捕手というだけで、理由は十分だ。守備なんてその内上手くなる。インサイドワークが壊滅的な小林にはもはや、僕は信頼を置いていない。控え捕手で良い。

ライトには、橋本到を起用したいところだ。たしかに、僕は橋本到のファンではあるが、彼の過小評価されっぷりには不満を抱いている。チーム内の貢献を表すWARは、2015年チーム第2位であった。彼は守備範囲がとても広い。そして、強肩俊足強打とくれば、首位打者を獲った年以来、成績が落ち込んでいる長野を使う理由があまりない。外野争いは、し烈になりそうだ。

遊撃手 坂本勇人
中堅手 陽岱鋼
三塁手 マギー
一塁手 阿部慎之助/宇佐見/岡本
二塁手 吉川尚/中井大介/吉川大
右翼手 橋本到/長野久義
左翼手 外国人枠(ギャレットはどうなるんだろうね?)/亀井義行
 捕手 小林/宇佐見

なんだろう、力さえあれば、世間が容認すれば、すべてが許されるんだろうなと思う。ああ、日本が没落するのも当然だなと。野球界に、大谷のようなスター選手はとうぜん僕も必要だと思うけど、柳田と山田哲では物足りないのだろうか。H上林、C鈴木誠、D福田、探せば、まだまだ存在する。ホームランバッターは、スター選手になりやすい。それは、松井秀喜を見ても、王貞治を見ても、もしくは、外国人スラッガーを見ても分かることだ。直感的に、スゴイと分かる。

”彼は異次元の存在である”とマスコミは印象づけたいのだろう。僕からして見れば、あれだけのフィジカルをもってして、あんな質の低いフォーシームを投げる選手のどこが異次元なのか理解できない。いや、160kmを超えるフォーシームや二刀流で二桁ホームランというところを見れば、とうぜん今までに前例がない。ただ、前例がないことと、異次元であることが同値であると、僕は思わない。

田沢を素晴らしい選手だと思うのは、彼がまさしく、身一つでメジャーへと乗り込んだからだ。

本館にも書いたが、元から低空飛行を続けていた意欲は地に落ちた。紛れもなく、アニメーションに興味がない状態と言い切っていいだろう。しばらく休もうかなとも思ったが、あまり休んでも仕方がないことは経験則で分かっている。元から虚弱で神経質だ、期待を背負える人間ではない。今までの賞賛も不相応なものだと今になっては思う、謙遜はしていない。

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