2017年08月23日

10]

57]


いろいろ探していて思ったが、これ書く意味ないかもなあ。


2017年08月20日

12]
庵野作画
クロス光(十字光)+白コマがたくさん入る



14]
増尾作画
クロスフィルター+白コマ


06]

22]
増尾作画
十字光を重ねるように置いて、クロスフィルター



26]

15]

中野フラッシュを複数使ったもの
これはちょっと違うかな


とりあえず思い出せる限り


2017年08月18日

ほとんどは自分に陶酔してなきゃ面白くならないのよ。我に帰って、賢そうに振る舞うと途端に化けの皮が剥がれる。

結論から言えば、個人の、きわめて直感的な感想が必要だと思う。直感的とは、まさしく、自分が映像を見たときに、感じた気持ちそのままである。何か違和感があれば、他の人にとってはそうでなくとも、あなたにとっては違和なのだから、映像になにかが隠れている証拠なのだ。その違和を表明すれば、他の人が抱かなかった、もしくは、黙認してしまった違和に気付く。つまり、他の人にとっては、見方が一つ増えるのだ。これを繰り返していけば、映像の見方は、まあ有限ではあるけれど、多様になる。一つの見方を強制することは息苦しいので、多様性を排除する社会に将来性はまったくない。ゆえに滅ぶ。

自分とは違う意見であっても、受容することが大事なのだ。一定の論理や根拠がある意見を、安易に否定するのは、誠に愚かなことだ。それは視野を狭めてしまうだけであって、独りよがりである。このような意見が許せないとも思ってしまったことは、自分は何度もある。根拠がある意見に対し、理屈が通った意見に対し否定をすると、自分の視野は狭まり、まさしく暗中模索状態になる。だからこそ、肯定できない意見であっても、とりあえず受容してみることが重要ではないか、そう思う。

直感とは、おそらくこの世で最も信頼たる、自分のパートナーである。他人によるバイアスや、集団的な心理を仕入れてしまうと、途端にそれは脆くなってしまう。直感に自信がなくとも、それは、確実に、自分が感じたことであるのだ。感性とは誰かが肩代わりできるものではない。自分が信頼してあげる以外で、それを活かすことは不可能なのだ。感性とはなにか。表面的な思いとは異なった、心の底で生じた、些細な気持ち・違和感・疑問、それが感性だと思っている。それを黙殺せず受容することこそが、まさしく、直感的な感想につながると僕は考える。すなわち、最初に受容すべきものは、自分である。


2017年08月17日

2017年08月14日

・JAM
・バッカ
・バラ色の日々
・LOVE LOVE SHOW

よてい
・エヴァ見る
・バッカとJAMで2個デモつくる

私事の目標
・スロット万枚
・ダンバイン確変

あとはゆっくりと過ごす。

以上

2017年08月13日

ろばを売りに行く親子

原義(まあ寓話ですから教訓か)は、主体性なく他人の意見ばかりを鵜呑みにしていると、けっきょく台無しになってしまう。だから、自分で考えて行動しましょうね。というもの。それから転じて、全ての人を満足させることはできない、という意味にも変化していて、イラストが有名になった。

まあこの意味変化は、とうぜんのことと思うんですよ。情報が格段に増えてしまい、その処理だけでも大変であるはずなのに、一つの発言で、その人が決められてしまう感じがある。ピリピリしすぎ。


2017年08月12日

よさげじゃね。別館移動しようかなあ。画像気軽に貼れたらいいけど。

多忙であったが、ようやく暇ができそうだ。お盆とは特に関係がないけれど。お盆は、実家にはたぶん帰らん。コミケも行かない、というか、行ったことがない。